今回とりあげるのは、日本神話の中でも有名な「スサノオ」と「ヤマトタケル」です。
何らかの形で神話と紐づいているアニメ・ゲーム・映画やドラマなどでも、この二人はよく最強格のキャラクターとして登場することも多いですよね。
「名前は聞くけど結局何をしたの?」とよく知らない方も多いでしょう。
また何かと共通点が多いことから、この二人が同一人物なのではないかと勘違いされる方も多いようです。
スサノオノミコトは出雲にて八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した英雄とされ、ヤマトタケルノミコトも九州や東国を平定した英雄とされています。
今回は、この二人の英雄譚に共通する「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」のエピソードや、その神話についてに調査していきます!
結論・二人は「別人」だが、神話の役割としては似ている
まず、歴史書としての結論を最初にお伝えします。
『古事記』や『日本書紀』の記述に基づくと、スサノオは「神」であり、ヤマトタケルはそこから数千年の時を経た「人間(皇子)」です。
したがって、この二人は物理的に同一人物ではありません。
しかし、物語の構造や象徴するアイテム、さらにはその性格や生き様が似ているため、
神話学的には「スサノオという英雄の原型を、人間として再演したのがヤマトタケルである」という学説もあるほどです。
いわば、同じ魂の系譜を継いでいる「同一のヒーロー像」を示しているとも考えられるかもしれませんね。
それぞれを確認していきましょう。
荒ぶる神・スサノオノミコト

スサノオ(須佐之男命/素戔嗚尊)は、三貴子の一柱である神様であり、有名な天照大御神(アマテラスオオミカミ)の弟神にあたります。
(天照大御神は、日本皇室の祖神であり八百万の神々の最高神とされる)
母神はイザナミ(伊邪那美命/伊弉冉尊)、父神がイザナギ(伊邪那岐命/伊弉諾尊)です。
このあたりも聞いたことがあると思います。
改めて三貴子とは、天照大御神(アマテラスオオミカミ)・月読尊(ツクヨミノミコト)・須佐之男(スサノオ)の最も尊いとされる三柱です。
天照大御神(太陽神)が高天原(天界)を治め、
月読尊(月神)が夜の世界を治め、
須佐之男(海神)が海原を治めるとされています。
スサノオの性格は、非常にエネルギーに溢れていて、母を慕って泣き叫ぶような純真さがあるかと思えば、乱暴な性格で暴れ、壊し回る荒々しさを併せ持っています。
スサノオのあまりの粗暴なふるまいにより、彼は高天原から地上へと追放されてしまうほどでした。
神様の中でも、厄介者、迷惑者として周囲を困らせていたわけですね。
天界を追われて地上へとスサノオが降り立ったのは、出雲国の「鳥髪(とりかみ)」という地とされています。
そこで彼は、老夫婦と美しい一人の娘に出会います。(この娘がのちの妻となる)
老夫婦は泣き崩れて途方にくれており、よくよく話を聞いてみると、8人いた娘たちが、毎年現れる怪物「ヤマタノオロチ(八岐大蛇)」に一人ずつ食べられ、最後に残った末娘が今いる「クシナダヒメ」というのです。彼女までもが今まさに奪われようとしているとのことでした。

スサノオは、この話を聞いて怪物退治を引き受けます。
そして面白いのは彼はただ力でねじ伏せるのではなく、準備周到に罠をしかけ、クシナダ姫を隠して守りを固めつつ、ヤマタノオロチとの戦いに挑みます。そして、見事退治するのでした。
この時、大蛇を切り裂いた際にその尾から出てきて手にしたのが、のちに三種の神器の一つとなる「天叢雲剣(あめのむらくも)」です。
スサノオはこの剣を姉のアマテラスに献上し、自身はクシナダヒメと結婚して、共に出雲の地で幸せに暮らすこととなりました。
よかったですね。
スサノオは、やんちゃで暴れん坊ではありましたが、正義感がとても強く、武力も知力も持ち合わせている神でした。
その粗暴さから、荒ぶる神、暴風雨の神などと言われたりしますが、同時に、厄災を薙ぎ払う厄除けの神としても多くの神社で祀られています。
スサノオの物語はある意味、共同体から疎外された「孤独な英雄」が、怪物を倒して秩序を取り戻すという日本神話の王道パターンでもあります。「厄介者」が「救世主」になるというストーリーです。
素戔嗚尊が祀られている神社は全国各地にあります。
須佐神社(島根県出雲市):スサノオが自らの魂を鎮めたとされる場所
素盞雄神社(東京都荒川区):茅の輪くぐりの伝承が深く根付く疫病除けの神様として信仰
八坂神社(京都府京都市):各地にある祇園社の総本社。疫病を鎮めるためにスサノオを祀った
武蔵一宮 氷川神社(埼玉県さいたま市):関東に多くある氷川神社の総本社。守護神としてスサノオを祀る
「茅の輪」くぐりの起源
ちなみに、こういう「茅の輪くぐり」は全国各地にありますよね。私も地元や、東京の神社とか鎌倉とかさまざまな場所でくぐったことがあります。茅の輪くぐりは、疫病除けを願う行事です。

実は、「茅の輪くぐり」のルーツもスサノオにあります。
旅の途中で宿を探していたスサノオですが、出会った裕福な弟・巨旦将来(こたんしょうらい)からは断わられますが、貧しい兄・蘇民将来(そみんしょうらい)からは粗末ながらも心からもてなしてもらいます。
このときスサノオが恩返しとして、疫病が流行した際に「茅(かや)で輪を作って腰につけていれば、疫病から免れるだろう」と教えました。そして疫病が流行した際、蘇民将来がこの教えを守ったおかげで、一族は疫病にかからず子孫繁栄したとされています。
これが形を変え、現代の無病息災を願う「茅の輪くぐり」の神事として全国に広まったそうです。
ヤマトタケル

一方のヤマトタケルは、神様ではなく人間であると言いましたよね。(とはいっても、本当に実在した証拠はなく伝承の中の人物とされる説が有力です。)
彼は、第12代景行天皇の皇子であり、幼い時の名を小碓命(オウスノミコト)といいます。
彼は非常に情熱的で勇敢ですが、同時に真面目すぎるがゆえのいきすぎた残虐さも持ち合わせていました。どこかスサノオに似てますね。
古事記においての、父・天皇の命令に従わない兄を素手で殺害してしまうという衝撃的な行動をとります。この一件以来、実の父である天皇から「恐ろしい息子だ」と距離を置かれ、一人で過酷な征伐の旅に出されることになります。
初めに向かったのは九州の豪族・熊襲建(クマソタケル)の討伐です。このときヤマトタケルは真正面から突撃しなかったというエピソードがあります。
彼は髪を結い、叔母から借りた衣装を着て美しい少女に変装し、敵の宴に潜り込みます。相手が油断して彼を近くに呼び寄せた瞬間、懐に隠し持っていた短剣で一気に刺し殺しました。つまり、だまし討ちです。
ちなみに「ヤマトタケル」という名は、死に際の敵(クマソタケルの弟)がその勇猛さを讃えて贈った名前だったそうです。
次に、東国の蝦夷討伐に向かう途中、伊勢の神宮に立ち寄った際に、叔母のヤマトヒメから授けられたのが、かつてスサノオがヤマタノオロチから取り出した「天叢雲剣(あめのむらくも)」です。スサノオの武勇を文字通り引き継いだわけですね。
東国へと向かう中で、彼は現在の静岡県(焼津)あたりで敵に騙され、草原の中で火を放たれます。
この絶体絶命のピンチを救ったのが、天叢雲剣でした。彼はこの剣で周囲の草を猛烈な勢いで薙ぎ払って、叔母からもらった「火打石」で逆に火を付け返して敵を撃退しました。この伝説(くさをなぎはらう)から「草薙の剣」と呼ばれるにようになりました。
彼は圧倒的な強さを持ちながら、最後まで父に認められることなく、故郷へ帰る途中で力尽きるという悲劇的な最期を遂げています。
また、ヤマトタケルの最愛の妻は、弟橘媛(オトタチバナヒメ)です。
海を渡る際に、激しい嵐に襲われますが、この時同行していたオトタチバナヒメが「私が身代わりになって海に入ります」と身を投げ、荒れ狂う波を鎮めたというエピソードがあります。
彼はのちに妻を失った悲しみの中で、東国の碓日坂から海を眺め、「吾嬬者耶(あづまはや)(ああ、我が妻よ、恋しい)」と嘆きました。これが「吾妻(あずま)」という呼び名になった由来の一つとされています。現・群馬県の嬬恋村(つまごいむら)などもここから名前がついたと言われています。
日本武尊を祀る神社も全国各地にあります。
大鳥大社(大阪府堺市):ヤマトタケルの魂が白鳥となって最後に舞い降りたとされる場所。
三峯神社(埼玉県秩父市):ヤマトタケルが東征の際にこの地にイザナギとイザナミを祀ったのが始まりとされる。
妙義神社(東京都駒込):東征の際にこの地に陣を敷いたとされる。勝負事、戦勝祈願の神様として。
熱田神宮(愛知県名古屋市):形見となった草薙剣を妻のミヤズヒメが祀ったとされる。現在も御神体となっている。
なぜ二人は「同一人物」と噂されるのか?3つの共通点
別人であるはずの二人が、なぜこれほどまでに重なって見えるのでしょうか、二人の共通点を整理していみます。
・1つ目「剣」
最大の共通点は、同じ剣をメインの武器にしていることです。
スサノオが大蛇から取り出した天叢雲剣(あめのむらくも)が、ゆくゆくヤマトタケルの手に渡り、彼が草を薙ぎ払って難を逃れたことで「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」と名付けられました。
同じ神器を継承したことが、二人を強く結びつけています。
・2つ目「討伐そして策略」
スサノオは八岐大蛇を、ヤマトタケルは熊襲や蝦夷をそれぞれ討伐します。
二人は、もともと武勇に長けているものの、武の力のみに頼るのではなく策略を練って戦っています。
真正面からぶつかるだけでなく知略で勝ついうスタイルが完全に一致していますね。
・3つ目「追放者から英雄へ」
スサノオも、ヤマトタケルも、はじめはどちらもその粗暴さからそれぞれ家を追放される形で旅に出ています。
どちらも非の打ちどころのない性格ではありません。そしてその後に、敵を討伐し英雄と称えられるようになります。
3種の神器について

ちなみに、三種の神器について解説を加えておきます。
日本神話で天照大御神からニニギ(瓊瓊杵尊)に授けられ、皇位継承の証として歴代天皇に伝わる3つの宝物のことです。
- 八咫鏡(やたのかがみ)
- 草薙剣(くさなぎのつるぎ・別名:天叢雲剣)
- 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
これもアニメなどでもよく出てくるので、覚えておくと良いですね。
草薙剣(くさなぎのつるぎ)に関しては、現在の愛知県の熱田神宮にて祀られています。(八咫鏡は三重の伊勢神宮、八尺瓊勾玉は東京の皇居に安置されている)。
草薙剣の実物を見ると祟りにあうとされているので、宮司さんも天皇でさえも誰にも本物を見ることはできないそうですが、たしかに御神体として安置されています。熱田神宮には、スサノオノミコトもヤマトタケルノミコトも祀られています。行ってみたいですね〜。
ヤマトタケルは「人間の姿をしたスサノオ」だったのか?
ここからは私の個人的な見解ですが、やはり今回しらべていて、古代の人はヤマトタケルという存在の中に、スサノオという神の面影を意図的に投影したのではないかなと思いました。
ヤマトタケルは、圧倒的な力を持ちながらも父に追い出され、西へ東へと奔走する孤独なヒーローです。同じ剣を扱っていることからもスサノオの魂をも受け継いでいると思えてなりません。
ヤマトタケルは死後に白鳥となって飛び去っていったそうですが、彼は単なる人間ではなく、神の世界へと還っていったのかもしれませんね。
「完璧ではないけど根は良い荒ぶれ者が最終的にヒーローになる」こういう構図のストーリーは、現代でもよく採用されているように私は感じます。古典的だけど、いつ見ても面白くて気持ち良い物語です。
スサノオやヤマトタケルのお話も、人が本来もっている多面性をよくあらわしていて、悲劇的でもあり、伝説的でもある勇敢な英雄のお話でした。
まとめ
スサノオは荒ぶる勇敢な神、ヤマトタケルも荒ぶる勇敢な人間でした。
もしヤマトタケルの手に、かつてスサノオが振るった神剣がなかったら、彼の伝説はここまで語り継がれていなかったかもしれません。存在は違えど、そこには日本を守る英雄という一つの強い意志が宿ってつながっているように思います。
神話の物語は、いまでも地名となっていたり、有名な神社に神様として祀られていたり、祭事の題材となっていたり、あるいはアニメや物語に関係していたりと、
何かと日本人の生活に関わっている部分も多いです。
こうして神話をよみといていくと、その裏にある隠された壮大な物語が見えてきてさらに面白くなったりしますね。
今回はスサノオと、ヤマトタケルの物語だけでしたが、他にも気になる神様がいればぜひ調べてみてくださいね。